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-鈴樹理亜の創作館-
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<精霊の時代>シリーズ第2話。
第1話とセットにして出したもの。
この主人公は第1話「時の果てから」にも出てます。


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=====


i

 セイレンは人々の中を歩いていた。大股でゆっくり、わずかに片足を引きずりながら。深くかぶった頭巾から、白髪(はくはつ)が一房垂れていた。子どもが二、三人、はやしたてた。
「見ろよ。びっこの白髪(しらが)じじいだぜ!」
(やれやれ、足の不自由な老人には親切にするものだ)
 そのとき前方でわあっと歓声が上がった。
(何だ?)
 群衆の後ろからのぞくと、そこの空き地で今しも一人の青年が対する剣士を負かしたところだった。青年のそばの男が叫んだ。
「さあ、お誕生日に王子とお手合わせ願う者はもういないか? 今日なら王子は手加減してくださるぞ」
(何だ、王子様のお遊びか)セイレンはくすりと笑って、その場を離れようとした。
「そこの男!」
 サーレイ王子は群衆の後ろに立っていた一人の男を剣で指した。人波がさっと分かれた。王子はつかつかと歩み寄った。
「なぜ笑った? お前、このあたりの者ではないな」
 王子は剣先でさっと相手のマントと頭巾を払った。現れたのはまだ若く見える男の顔だったが、革ひもで適当にまとめられた腰まである髪は白かった。
「答えろ!」若い王子はいらいらした声で促した。
「言ってもいいのか? 王子殿の祝いの日だから、勝ちを譲られているのかな、と思っただけだ」
 王子は顔色を変えた。やおらそばの男から剣を取ると、見知らぬ男の足下に投げ出して言った。
「ならば、相手をしてみろ!」
 セイレンは剣を手に持って重さを測った。
(久しぶりだな、剣を持つのは)セイレンは自分に剣を教えてくれた人間を思い出していた。
「臆したか?」すでに空き地の中央に立っている王子が叫んでいる。
(やってみるか?)セイレンの冴えた空のような目がおもしろそうに光った。
 前へ進んできたその男が足を引きずるのを見て、王子は眉を寄せた。
「心配御無用」セイレンはそう言って剣を構えた。
 始まるとすぐ、王子は相手の動きがとても素早いのに気づいた。まるで風に乗っているように。足が悪いなどとは全く感じさせないのだ。それがわかると怒っていた王子はもはや容赦しなかったが、その男はすいすいとかわした。激しい応酬に人々は息を殺して見守っていた。ここだ、と思ったとき、王子はさっと剣を出した。男はよけたが王子の剣はその髪を結んでいたひもを切った。突如風が巻き起こり、その髪をざあっと吹き上げた。一瞬王子はそれに気を取られた。その隙に男は踏み込んで王子の剣をたたき落とした。王子は唇をかみしめたが、礼儀正しく言った。
「あんたの勝ちだ」
 だが相手はからりと剣を捨てると言った。
「いや、確かにあなたの腕はちゃんとしたものだ。先程は大変失礼した、サーレイ王子殿」
 男は向き直ってそれまで黙って空き地の隅にすわっていた人物に呼びかけた。
「突然失礼致した、サーレス王殿。私はセイレン、風の占い師と呼ばれる者で、人間が精霊、あるいは〈大地の民〉と呼ぶ者たちの一人。尋ねたいことがあるのだが、答えていただけるか?」


ii

「セイレン、逃げなさい」
「でもアウラ! だって…」
 しかしアウラの声は厳しかった。「あなたはまだ〈子ども〉よ」
 〈環を持たぬ魔法使い〉、恐るべきミアードが何と、先日自分を諫めに来た二人の〈大地の民〉に真っ向から勝負を挑んできたのだ。ミアードは近来稀なる偉大な魔法使いになったはずの力を持っていた。
 事実、その力はすさまじかった。ミアードは何もしかけぬセイレンを見ると、にやりと酷薄な笑みを浮かべるや、必殺の呪文を放った。だがそれは風の司アイオロスが送った突風に散らされ、セイレンはそれによって遠くに運ばれた。その耳に、ミアードが放った哄笑が聞こえた。

「アウラ! アイオロス!」
 ずたずたになったあたりでセイレンは養父母を捜した。微かな声が聞こえた。
「セ‥イレン‥」
「アウラ!」
 駆け寄ったセイレンは立ちすくんだ。アウラの傷を見たからだった。
「あの人は‥無事?」アウラは自分のことは言わなかった。
「生きている」脇でアイオロスの声がした。
「良かった‥」
 そしてそよ風のアウラ、慰めの与え手は逝った。セイレンが秘かに憧れた、常に優しい人は。セイレンは力のない自分を呪った。ミアードの哄笑が耳の奥に響いていた。
 セイレンの銀の髪は、一晩のうちに真っ白になった。


iii

「〈大地の民〉だって!?」群衆は騒然とした。
「して、尋ねたいこととは?」王は冷静に問い返した。
 セイレンは一瞬、目をぎらっと光らせて答えた。
「ミアードという者の居所を」
 群衆がまたざわめいた。王が代表して言った。
「あの方に何の用がおありかな?」
「まずは話し合いに。あとは向こうの出方次第」
「我らはあなた方のことはよく知らぬ、〈大地の民〉よ」王はゆっくり言った。「話し合いが必要なら行かれよ。あの方はここより南方の〈風通わぬ谷〉に住んでいる。だが悪しきことは、少なくとも当地に来てより何もやっておらぬがな。むしろあの方はこの地に疫病が流行りかけたとき、その悪しき風を払ってくださったのだ」
 セイレンはそれについては何も言わなかった。ただ深々と頭を下げて礼を言った。そして踵を返して歩み去ろうとしたとき、振り返って何気ない風に付け加えた。
「東方に不穏な空気があるのが聞こえる。気をつけられよ」
 セイレンはマントを拾うとそれをまとい、歩いて行った。
(〈風通わぬ谷〉か‥俺の耳をもってしてもわからんはずだ)

 後ろで蹄の音が聞こえた。セイレンが振り向くと、サーレイ王子が馬で追ってきていた。
「あんたに聞きたいことがあるんだが‥」
 ちょっと口ごもったが、王子は好奇心旺盛な青年だった。
「〈大地の民〉っていうのはどういう者なんだ? その者たちは恐ろしい不思議な力を持っていて、老いも死にもしない巨人の魔法使いだと聞いているぞ」
 セイレンは高らかに笑った。
「そんなことだろうと思った!」そして笑いながら続けた。「我々も永遠に生きはしないし、ずっと若いわけではないぞ、王子殿。いや失礼して、堅苦しい言い方はやめさせてもらおう。肩が凝る」
 くすくすと笑うセイレンを見て、サーレイは首をかしげた。
「じゃあ、あんたはいくつなんだ?」
 セイレンはちょっと考えてから答えた。「二百十七」
「え!?」サーレイは頓狂な声を上げた。
「そんなに驚くことはない。〈大地の民〉は『時の歩みの遅い者』だからな。長生きの者は千歳くらいまで生きる」
「千‥」サーレイは呆然とつぶやいた。何百年も。信じられない。
「だが気ままにほっつき歩いているわけではないぞ。〈大地の民〉は〈嗣業〉を受けたら『見えない手』によってあっちこっちに振り回される」
「『見えない手』? 神のことか?」
 サーレイはまたびっくりした。彼らは神に会えるのか? だがセイレンは首を横に振った。
「違う。‥少なくとも、俺は人型で人格のある神がいるとは信じてないんでね。『見えない手』っていうのは〈大地の民〉の心にここへ行け、これをしろ、と思わせるものさ。『大いなる意志』と呼ぶ者もいる」
 サーレイは言葉も発せず聞いていた。
「-そして秩序を守ってこの世を何事もなく平穏無事に保とうとするのが〈大地の民〉の務めだ。何てつまらん仕事だ!」セイレンは肩をすくめた。「この世に何事も起こらなかったら単調でたまらない。しかし人間はすぐ世界の均衡を崩そうとするからな」セイレンは楽しそうに笑った。
 「だから〈大地の民〉が必要なんだが、俺が人間を気に入っているところは、その大胆で力強いところだ。人間は運命に縛られない。いかに恐ろしい不吉な予言がなされようとも、意志あらばそれを断ち切ることができる。自分で自分の道を決められる。うらやましいことだ」
「そんなものかな」サーレイは首をひねった。
 突然セイレンは立ち止まった。〈風通わぬ谷〉に着いたのだ。サーレイはセイレンの足の速さに気づかなかった。自分は馬に乗っていたのを忘れていたのだった。ふとセイレンの顔を見て、その顔に怒りと厳しさが浮かんでいるのを見とめてはっとした。
 セイレンはしばらく谷底を見下ろしていたが、前触れもなく崖から飛び降りた。


iv

「-セイレンよ」アイオロスは呼んだ。「我が死は近い。十年来、我が身を苦しめてきた傷に、もはや耐えられる時間は長くない」
 治癒の遅い〈大地の民〉の体は、傷の苦しみを長引かせる。しかしついにその身にも休息が訪れ、セイレンはアイオロスとアウラの〈嗣業〉を受け継いだ。
 その日より、セイレンはミアードの追跡を開始した。ミアードは自らの気の向くまま、あるところでは人を襲い、あるところでは人に取り入り、最後には物にも人にも多大な損害を与えて去って行くのだった。初めは後手に回るばかりだった。ミアードはやがて追跡に気づき、巧みにかわしながら、時には挑発さえしてよこした。ミアードの哄笑が常にセイレンの前にあった。が、次第に主客は逆転していく。ミアードは逃げるばかりになり、その業は減り、その足取りは不確かになっていった。それでも、今や力あふれる若きセイレンはミアードの跡をたどる手を休めなかった。そして今、セイレンはミアードに手の届くところにいた。


v

 セイレンは自分が呼んだ風に乗って、ふわりと地面に降り立った。谷は静かだった。しばらく進むと、止まってじっと聞き耳を立てた。
(いるな)
 風の精霊たるセイレンの耳は鋭い。ほどなく一軒の小屋が見えてきた。
「ミアード!!」セイレンは大音声で呼ばわった。「出てくるがいい、我が養い親の殺害者よ! 長年の追いかけっこは終わりにしよう」
 サーレイが谷の上から見下ろしていると、一人の男が小屋から出てくるのが見えた。かなりな老齢のようだが、なかなかに整った顔立ちで、声もよく通った。
「セイレンか。ついに私に追いついたな。私も疲れた。若気の至りの過ちは深く後悔している。その償いにこの地に引きこもって、今は人々のために尽くしているのだ。放っておいてはもらえぬか。そなたは人間の心に寄り添う者であろう。〈人間(ひと)と近しき者〉、人間のうちで育った稀な精霊よ」
「-貴様には関係ない」セイレンは歯を食いしばって声を絞り出した。「過去のことを悔いているというなら、それは‥責めまい。もはや過ぎ去った事だからな」そして感情を抑えて続けた。「だが今お前のやっていることは違う。天候を変えたり、人間や家畜や作物の悪弊を最小限に食い止めようとするのは一見良いことに見える。だが無理矢理風を操って雲を払い疫病を払うのは、別の地方にそれらを移すことだ。すでに他地では害が出ている。一地方のみに強大な力を及ぼすのは世の均衡を崩す。それとも一方には良い顔をして見せる新しいたくらみか?」
 セイレンの言葉を聞くうちに、ミアードの端正な顔は歪み、形相が一変した。
「俺の‥り、立派な行いを‥そうだ‥俺は偉大だ‥お前など小僧で‥命からがら逃げおったくせに‥」そしてぞっとするような声で笑った。「俺は誰よりも強い‥誰も俺に何も教えられなかった‥教えてくれなかった‥偉大な俺を馬鹿にして‥愚か者ども‥」
 次第にその言葉は支離滅裂になり不鮮明になって、わけのわからぬことをぶつぶつつぶやき始めた。セイレンは初めは怪訝な表情で、やがて痛ましいものを見るようにその男を見つめた。
(老いたのか、ミアード)
 無理もない。この男が〈環を持たぬ魔法使い〉として世を震撼させたのは、もう七十年も前のことだ。今この男は百歳を越えている。どんな力ある者だったとしても、ミアードはしょせん人間に過ぎない。この男の寿命は尽きていたのだ。
 セイレンは虚ろな目でまだ何事かつぶやいているミアードに近づき、そっとその肩に手をかけて一言、告げた。するとミアードは目を閉じてがっくりと倒れた。セイレンはその男の命の残り火を吹き消したのだった。


vi

「ミアードは確かに強い力を持っていた」セイレンは谷の出口で振り返った。「彼は生まれながらの魔法使いだった。〈大地の民〉のように鳥や動物の心を解し、木々や大地、風や水の声を聞くことができた。だが不幸なことに、彼には師がいなかった。その才を見出し導く者が。その力を気味悪がられ疎まれて、その心が傷つき歪んだと言われている‥。やがて彼は自分の力を思うままに揮うようになった」セイレンは苦々しい表情をした。「だが俺はそんな彼の強さにある意味感心していた。羨んでいたのかもしれない」セイレンは肩をすくめた。「人間は自らの運命を切り拓ける。だがその時は速い」

「終わったようだ」ふと立ち止まって何かをじっと聞くような素振りをしたセイレンは、サーレイに向かって唐突に言った。
「何がだ?」それまで黙って聞いていたサーレイはきょとんとして尋ねた。
「戦いが。あんたの父親は侵入者を退けたが致命の傷を負ったようだ。早く帰った方がいい」
「何だって!?」サーレイは顔色を変えた。この男の言葉に気色ばむのは二度目だ‥。その一度目の怒りがまだ冷めやらぬとき、セイレンが父王に言っていた言葉を思い出した。
「知っていたのか‥父が死ぬことを‥?」サーレイは詰め寄った。
「いや。だが穏やかならぬ心持ちをした者たちが近くに潜んでいたのは感じていた。ミアードがこの地から追い払ったものの害を受けていた土地の者たちだったからな。それもどうやら、ミアードはこの地が悪いのだと惑わしの言を送っていたらしい。あいつの心は分裂していたからな。一部は本気でこの地に尽くそうとしていたのかもしれないが」
「もういい!」サーレイは馬に飛び乗った。
「惑わしの言にたきつけられた者は凶暴だ。あんたはおそらく真っ先に突っ込んで行って殺されただろう。俺はあんたがついて来るのを止めなかった。次王の死は国にとって痛手だからな」
「何だと? 父ならいいとでも言うのか? ああ〈大地の民〉はお偉いな。人一人の命なんかこの世の瑣末事に過ぎないんだろうよ」
 言い捨てると後も見ずに駆け去った。セイレンは何も言わなかった。
(我らの運命は定まっている。しかも我らの時は自身が倦むほど長い)


=====


このシリーズのメインキャラ、男の方。名前はこんなですが、男です。
白い長髪、目の色は青です。
第1話の真面目な女の子よりも動かしやすいかも…。この人の過去についてはのちほど。
基本そのまま入力しようと思ったけど、つい、いっぱい手を入れちゃったよ。ま、それでも覆いつくせぬものがありますが(^^;)

この話に登場するキャラクターの名前の意味と由来。必ずしも正確な発音・意味ではないこともあります。
セイレン:海にいる歌う女怪(ギリシャ神話)。
サーレイ:(特になし)
ミアード:(特になし)
アイオロス:風の神(ギリシャ神話)
アウラ:そよ風の女神(ギリシャ神話)

シリーズ番号(19)(動乱+184年)
「FANTASIA」第3号(1983.2.10)初出に加筆修正。

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